大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和30年(ナ)9号 判決

原告 皆川敬司

被告 福島県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「昭和三〇年四月三〇日施行の会津若松市議会議員の選挙における当選の効力に関する原告の訴願につき被告が同年七月二五日附でした裁決を取消す、右選挙における成田延八の当選を無効とする、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告は昭和三〇年四月三〇日施行の会津若松市議会議員選挙の選挙人であるが、右選挙における投票の結果につき同市選挙管理委員会は同年五月一日その第三五位当選人を成田延八得票数五七六、四二票、第三六位即ち最下位当選人佐藤光治得票数五六九、九一票とし、次点は磯貝義恵得票数五六九、六八票と決定してその旨告示した。

二、しかし右成田延八の得票中には「○八」と記載したものが三一票あるのであるから、これを有効としたのは公職選挙法第六八条第五号本文に該当するものとして原告は同年五月一六日右委員会に対し当選の効力に関し異議を申立てたが同月二六日却下されたので、原告は更に同年六月一三日被告に訴願したところ、被告は同年七月二五日右最下位当選者佐藤光治の得票は五七〇、九一票であるとして次点となし、次点であつた磯貝義恵の得票を五七二、六七票と認めて当選と改めたけれども、結局原告の訴願を棄却したのである。

三、そして被告の右裁決理由としては前示当選者成田延八の得票中○八又は〈八〉と記載された三一票は選挙人が自己の投票しようとする候補者の何人であるかを表示しようとしたものであることが窺われるのであつて、○は「エン」という語音を表わす趣旨で記載されたものと解せられるから、本来の文字である「エン」又は「延」と同視できるというにあるのであるが、元来○は記号又は符号であつて文字ではない。即ち○八を延八と読むことができないのみならず、通常○は「マル」と呼ばれ「円」には通ずるけれども「延」に通ずるものではないから、「マル八」又は「レイ八」と読むことは格別、延八と読むべきものではない。然るに被告は「○八」「〈八〉」を有効とする理由として成田延八の家号、通称届出中に「○八」と届出でたことや成田延八のポスターに「○八」と記載してあることを根拠としているけれども、成田延八がそのような届出をした事実はないし、ポスターに「○八」と記載したのは買収に因る投票を約束するものであつて、かかる投票は無効として処理すべきものである。

四、また成田延八の得票とせられた基本票五七二票の内には、

(1)  成田八                一票

(2)  ナリタ八               二票

(3)  ナ太○八               一票

(4)  成八                 一票

(5)  エンパ                一票

(6)  成田○八・延八            一票

成田○八・延八            一票

(7)  ○八ナリタイン八           一票

(8)成田○八(なりたえんはち)一票

(9)  成田○(エン)八               一票

(10)  なりたげんパチ           一票

(11)成田延八(なりたえんぱち)二票

成田延八(ナリタエンパチ)一票

(12)  成田延八(○はち)一票

(13)  成田成田延八            一票

(14)           一票

・なりた八          一票

(15)  なりた八              一票

等計二〇票あるのであつて、この内(3)のナ太は「ナリタ」と判読すること困難であり、(4)の成八は成の字が不正確で戍と判読し得るに過ぎないのみならず「成八」は成田延八の略称と見られないことはないけれども、かゝる略称は届出でてない、(5)の「エンパ」については届出中に「えんぱちや」と記載されてはいるが「エンパ」は略称、通称の類ではなく、寧ろ候補者を侮辱する言葉であり、(10)は他に成田元英なる候補者があるのであるから成田延八といずれか特定し難いし、(6)乃至(9)、(11)乃至(13)はいずれも故意になされたもので後に投票者を推断せしめて秘密投票を潜脱するか買収の約束を招来する虞ある他事記載として無効となすべきものである。また(14)のと記載してある票は、文字としての体裁なく判読し得ない悪戯書と認められ抹消の線が成田延の三字にかゝつてあることから見て他事記載であると共に投票者の意思は全体として抹消されたものと見るべく、と表示されてあるものは、左側抹消と考えられる線下には明白に候補者である「渡部重一」と記載されているのであるから、他事記載と見るべきである。

五、然らばこれ等二〇票と成田延八の基本票とされた成田○八なるもの六〇票、○八とのみ記載された三一票及びナリタ○八と記載された三票とを合算すれば一一四票の無効投票が算入されているのであるから、これを前示成田延八の有効投票とされた得票数より控除するときは、結局四六二、四二票となつて、最上位落選者佐藤光治の得票五七〇、九一票に足らないこと明かであるから、その当選は無効である。

六、以上の外被告が成田延八の得票とした五七二票の中には「○一」と記載したもの一票混入してあるのであるが、「○一」は候補者斉藤四郎が通称として届出でているのであるから、これを成田延八の有効投票としたのは違法である。

七、後記被告主張五、の一票の存在は認めるがもとより無効の投票である。

と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、原告の主張事実中一、二、の事実及び四、のうち(1)乃至(15)記載の各投票が存在したことは認める。

二、爾余の原告主張事実の内候補者中に斉藤四郎なる者があつたこと、「○一」なる一票があつたことは争わないが斉藤四郎において「○一」を通称として届出たことは知らない、その余の原告主張事実はすべて否認する。

三、原告は「○八」と記載された投票を成田延八の有効投票とすべきではないと主張するが、○は通常「マル」と呼ばれると共に「エン」とも呼ばれるのであつて、候補者成田延八は所轄選挙管理委員会に対し「○八」を通称として届出ていることは勿論、公職選挙法第一四四条の規定による選挙運動用ポスター五〇〇枚に成田延八(なりたえんぱち)と記載した外その左横側に「○八」を朱書で附記し、右委員会の検印を受けて貼布し、個人演説会及び街頭演説会における会場に使用するポスターにも同様の記載をしたのみならず、選挙民に対しては前示演説会の際「延八と書けない人は○八と書いても結構です」といつて呼びかけたこと、選挙事務所の立看板にも朱字で○八と仮名をつけていること、成田延八の基本得票数五七二票中には「成田○八」又は「○八」と記載されたもの一〇六票もあつたことから見ても「○八」と記載した投票は選挙人が成田延八に投票しようとしたものであることが窺われ原告が請求原因四、に挙げた投票はいずれも成田延八に対する有効投票とみるべきである。なお選挙会においても立会人十名は「○八」と記載された投票を成田延八の有効投票とすることにつき何等異議がなかつたことからしても原告の主張は失当である。

四、当選人成田延八の有効投票から「○一」と記載された一票を差引いても各候補者の得票順位当選決定には毫も異動を生じない。

五、本件選挙で無効とされた投票に「成田○成」と記載したものが一票あり(乙第二号証)これは成田延八の有効投票とみるべきである。

と述べた。(立証省略)

理由

原告主張の一、二、の事実及び四、の事実中(1)乃至(15)記載の投票が存在したこと五、の事実中「成田○八」と記載したもの六〇票、「○八」と記載したもの三一票、「ナリタ○八」と記載したもの三票の存在したことは当事者間に争がない。

よつて右各投票の効力につき順次判断する。

一、「○八」又は「〈八〉」と記載した投票の効力について、「○」「△」「□」等文字以外の通常、物の形状を表す記号として用いられるものを投票用紙に記載して候補者を表示しても必ずしもその投票を無効と解すべきでないことは既に判例の存するところであり(最高裁判所昭和二九年(オ)第六六八号昭和三〇年三月一一日第二小法廷判決)「○」が円に通ずることは原告の認めて争わないところである。そして投票用紙に候補者の氏名に代えて通称又は屋号、雅号等を記載した場合でも、これによつていずれの候補者に投票したかを判定し得る限り、これを無効とすべきでないことは異論のないところであるから、以上の事実と本件投票の写真たることにつき当事者間に争のない甲第四、五、六号証、第九乃至第一三号証、第一六、一九、二〇号証の各記載、証人武藤武重の証言により成立を認める乙第一、三号証、成立に争のない五号証、証人武藤武重、柏木信一郎の各証言を綜合すると、本件選挙における「○八」「〈八〉」と記載された投票(原告主張五、の六〇票、三一票、三票、四、の(1)(2)(15)の各票)中の「○」は「延」の呼称を表わしたものであつて、「○八」「〈八〉」はいずれも「延八」を表示したものに外ならないものであり、議員候補者成田延八に投票する意思で記載されたものと認めるに十分である。右認定を覆すに足る証拠はない。

原告は成田延八が通称「○八」として届でたことはないと主張するが、成立に争のない乙第五号証によると、同人は昭和三〇年四月一九日その通称として「○八」「○」を所轄選挙管理委員会に届出たことが認められるのであつて、右認定に抵触する甲第一号証の記載は前示乙第五号証に照し措信し難く、他に原告の主張事実を認めるに足る証拠はないから、原告の右主張は採用することはできない。

二、ナ太○八と記載した投票の効力について、

本件投票の写真であることにつき当事者間に争のない甲第六号証によると「ナ太○八」と幼稚な文字で記載されているのであるが、投票の記載に多少の脱字、誤字があつたとしても、それが文字をなしていて而も特定の被選挙人を選挙したものと認められる以上、その投票は有効として処理すべきものであるから「ナ太」は「ナリ太」と記載するところを「リ」を脱落して「ナ太」と記載したものと認められるのみならず、「○八」が延八と判読できることは前記認定のとおりである本件では、右投票は成田延八に投票したものというべきである。

三、成八と記載した投票の効力について、

本件投票の写真であることにつき当事者間に争がない甲第七号証によると、右投票の成は戌と記載してあつて、成の字が不正確で戌と判続されることは所論のとおりである。しかし右甲第七号証の記載と弁論の全趣旨によつて認め得られる戌字を有する候補者が他にいなかつた事実とを綜合すれば、右投票の○は成の誤記であると解するを相当とするのみならず、その被選挙人の姓と名の頭文字のみを記載した投票でも、その被選挙人を記載したものと認めるに足る以上、これを無効の投票とすべきものではないと解すべきであるから、成八は成田延八を選挙したものと認めるを相当とする。よつて右は成田延八の得票として有効となすべきである。

四、エンパと記載した投票の効力について、

いやしくも被選挙人の何人たるかを確認できる以上、その氏又は名の一方のみを記載した投票と雖もこれを有効と認めるを相当とすべきところ、エンパはエンパチと記載すべきを「チ」を脱落してエンパと記載したものと認められるのであるから、前記三、と同趣旨により、これを成田延八の得票として有効とすべきである。

五、成田○八・延八、成田延八・○八、成田○八(えんぱち)、成田○(エン)八、成田延八(なりたえんぱち)、成田延八(ナリタエンパチ)、成田延八(○ぱち)と記載した各投票の効力について、

投票に被選挙人の氏名を記載しこれに振仮名を付するのは、被選挙人の何人であるかを明瞭ならしめるためにするのが通常であるから、かような振仮名は公職選挙法第六八条第一項第五号にいわゆる他事記載にあたらない(大審院大正六年(オ)第七八三号同年一一月一〇日判決参照)と解すべきところ、これ等の投票はいずれも成田延八又は成田○八の氏名に振仮名を附して氏名を明確ならしめたに止り、故意になされたものということはできないことは勿論、後に投票者を推断せしめて秘密投票を潜脱するとか、買収等の約束を表示したものと認めるに足る何等の証拠もないので、これ等はいずれも成田延八の得票といわねばならない。

六、○八ナリタイン八、成田成田延八と記載した投票の効力について、

氏名を重複して記載した投票は氏名以外の他事を記載したものではないと解すべきであるから無効ではないというべきである、よつてこれ等の投票は成田延八に対する投票として有効である。

七、と記載した投票の効力について、

一旦甲を選挙しようとしてその氏名を記載したが意思を飜してこれを抹消し、更に乙の氏名を記載したと認められる投票は無効とすべき理由はないのであるから、これを有効投票と解するを相当とすべきところ、本件投票の写真であることにつき当事者間に争のない甲第一八号証、第一九号証の記載を検討すると、選挙人は一旦他の者の氏名を記載しようとしたり又は記載したのであつたけれども、その後意思を飜してこれを抹消し、成田延八と記載したことが認められるのである。従つてこれ等の投票はいずれも成田延八の得票として有効である。

八、なりたげんパチと記載した投票の効力について、

本件選挙における候補者中に成田元英なる者があつたことは当事者間に争がない。しかし成田元英はなりたもとえいと呼び、同人が会津若松市選挙管理委員会に届出でた幼名、通称、家号等には「成元、成田元、ナリタモト、なりたもとい」等があるけれども、「げんえい」とは呼ばないことが本件口頭弁論の全趣旨から認められるのであるから、右投票は成田元英に投票しようとして記載されたものではなく、成田延八に対し投票したものと認むべきである。

九、〈一〉と記載した投票の効力について、

本件弁論の全趣旨によると本件選挙における候補者斉藤四郎は所轄会津若松市選挙委員会に対しその通称、家号等として〈一〉を届出でたことが認められるのである。しからば〈一〉と記載した投票は斉藤四郎の得票と認むべきであるからこれを成田延八の得票としたのは失当である。

以上の次第で被告のした裁決中九、の投票は候補者斉藤四郎の得票に算入すべきものであるから、これを成田延八の得票とした点において被告の裁決は不当であるが、この一票を前顕成田延八の得票から控除したとしてもなお五七一票となり、最高位落選者佐藤光治の得票よりもなお多いことが算数上明らかであるから、本件選挙の結果には形響はないので被告のなした裁決は爾余の点につき判断する迄もなく結局相当であり、本訴請求は失当としてこれを棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 板垣市太郎 檀崎喜作 沼尻芳孝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例